呼吸療法シリーズ「呼吸療法に必要な解剖生理③」

本記事は「呼吸療法に必要な解剖生理」パート3です。
以前のパート2で終える予定でしたが、いくらか不足している内容があったため追加パートです。

筆者の記事では、何度も繰り返し調べて欲しい、反復して覚えて欲しいという思いから、略語などは1度だけ正式名称と共に記載するだけで、その記事内では以降は略語表記のみとします。

目次

エネルギー代謝

生命活動には酸素が必要で、酸素が消費され二酸化炭素が産生されます。
安静時には成人では酸素は250mL/min消費され、二酸化炭素は200mL/minもの量が産生されています。
呼吸ではこれらの量をガス交換しているということですね。

気道の役割

気道については、同シリーズ「呼吸療法に必要な解剖生理①」をご参照ください。気道の役割は単なるガスの通り道ではなく、異物などの侵入から保護する役割があります。

呼吸ガスの導管

その名の通り、ガスの通り道です。

吸気中の異物、病原体の阻止

上気道では、大型な異物は鼻毛で除去され、鼻毛でカットされなかった異物は杯細胞から分泌された粘液に包まれた後に多列円柱線毛上皮細胞の線毛運動やくしゃみ反射により体外へ除去されます。

咽頭部のワルダイエル咽頭輪で免疫作用によって細菌などが侵入することにより防止されます。
気道感染といえば上気道感染を示すことが多いです

下気道は上記のワルダイエル咽頭輪の存在により通常無菌状態です。
気管までは多列円柱線毛上皮が豊富であるが気管支へかけて少なくなっていきます。
気管支への異物は杯細胞からの分泌物で包み、線毛にて咽頭へ運搬し排出されます。

気管粘膜からの分泌物
 ・リゾチウム:真正細菌を溶解する
 ・フィブロネクチン:菌の定着や増殖阻止
 ・ラクトフェリン:抗菌作用
 ・IgA:病原体やウイルスの毒素を無効化

吸気加温加湿

吸入ガスは気道を通過するのと同時に加温と加湿がなされています。
37[℃]において、咽頭レベルで相対湿度80[%]、気管支分岐部レベルでは100[%]となっております。

37[℃]では飽和水蒸気圧は47[mmHg]となります
人工呼吸器や酸素療法では加温と加湿が損なわれるため、加温加湿器の使用が必要とまります。

誤嚥阻止

 摂取物は食道へ、吸気ガスは気管へ導いていますが、これは嚥下運動時は喉頭蓋が声帯を被うことで声門を閉じ、気道内への誤嚥を防いでいます。

呼吸のメカニズム

呼吸筋については同シリーズ「呼吸療法に必要な解剖生理②」をご参照ください。

吸気は横隔膜が収縮することにより横隔膜が下がり、胸腔内が外側に拡がろうとする陰圧が発生することで起こります
胸腔内は胸郭の弾性により拡がろうとするため常に陰圧です。
胸腔内圧は体位により大きく変化するが垂直方向へ1cm上方へいくにつれて0.25[cmH2O]ずつ低下します。肺胞内圧と胸腔内圧の関係は図に示します。
呼気時には肺胞内圧はわずかに陽圧となり、呼気が促進されます。

肺胞内圧と胸腔内圧

3学会合同呼吸療法認定士認定委員会, [第15回3学会合同呼吸療法認定士] 認定講習会テキスト, p.28

肺胞のガス交換

ガス交換は酸素を体内に取り込む「酸素化」と体外へ二酸化炭素を排出する「換気」を行っているが、このガス交換へ影響を及ぼす因子について取り上げたいと思います。

拡散

拡散とは分圧もしくは濃度の高いところから低いところへ物質(分子)が均衡を保とうとして移動する物理現象です。
混合静脈血と肺胞の間には空気呼吸では酸素では60[mmHg]、二酸化炭素では6[mmHg]の分圧勾配で拡散が行われています。

通常、肺胞気と肺毛細血管での接触時間は0.7秒程度あり、酸素分子においては肺胞へ到達した酸素分子がヘモグロビンHbと結合するまで僅か0.25秒要しています。
したがって、正常時は酸素を取り込むことにおいては時間的余裕があります。

拡散障害のある患者では、心拍出量が増加した際に接触時間の短縮により酸素供給が追い付かなくなり低酸素血症を引き起こします。
拡散障害を引き起こす疾患としては、間質性肺炎、肺線維症、肺水腫、珪肺などがある。

二酸化炭素の拡散能力は酸素の20倍あるため、拡散障害において高二酸化炭素血症を引き起こすことは少ないといえます。

換気血流比

換気血流比(\(\dot{V}/\dot{Q}比\))とは、分時間気量:\(\dot{V}\)[L/min]と心拍出量:\(\dot{Q}\)[L/min]との比で表せられます。
ちなみに文字の上のこの『・』は『時間あたり』という意味です。

$$換気血流比=\frac{\dot{V}}{\dot{Q}}$$

例えば体重50kgの健常人では分時間気量は約5L/min、心拍出量は約6L/minであり、この時の換気血流比はおよそ0.8となり最も効率の良いガス交換が行われる値となっています。

ただし、換気血流比は肺の部位によって異なってきます。
立位において、肺底部→肺尖部へ向かうほど胸腔内安津は低下し、肺尖部になるほど肺胞が伸展しており、肺底部になるほどそれらは逆になります。
それに加えて、吸気時は吸気の分布は肺底部の方が多く、肺血流の分布も重力に従い肺底部の方が多くなっています。

その結果、肺底部では換気血流比は0.8以下であり、肺尖部では3以上となる。このように換気血流比が肺の部位により分布が異なることを換気血流不均等と言います。換気血流不均等は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)等で問題となってきます。

シャント(呼吸器分野)

シャントとは、含気のない肺胞に血液が流れる、つまり、混合静脈血がガス交換が行われず左心系へ流れて全身へ送られてしまう血流のことをいいます。

シャントは\(\dot{V}\)/\(\dot{Q}=0\)の状態であり、シャントが多いほど酸素化能が低下し、吸入酸素濃度FIO2をいくら増加させてもシャントが原因の低酸素血症は改善しません。シャント率(Qs/Qt)は以下の式で表せます。

$$\frac{\dot{Q}_s}{\dot{Q}_t}=\frac{C_{C’}O_2-C_aO_2}{C_{C’}O_2-C_{\bar{V}}O_2}$$

$$\small C_XO_2:酸素含有量 ※Xに下記が入る(X:血酸素含有量)$$

$$\bar{V}:混合静脈血 a:動脈血 C’:肺毛細血管$$

シャントの種類を以下に示します。

解剖学的シャント

健常人に1-2%存在するテペシアン静脈や気管支静脈など

真性シャント

換気が全くされていない、\(\dot{V}/\dot{Q}=0\)の領域の肺胞を流れる血流

シャント様効果

換気不十分な\(\dot{V}/\dot{Q}<0.8\)の領域の肺胞を流れる血流

生理学的シャント

上記、①+②+③を示す

死啌

解剖学的死腔

同シリーズでは何度も出てきている死腔ですが、成人の1回換気量正常値は約500[mL]ですが、ガス交換に関与しない解剖学的死腔が150[mL]存在しています。
人工呼吸管理中においては挿管チューブ、呼吸回路などの容積も換気量に含まれるがこちらは機械的死腔と呼ばれます。

ガス交換に関与する有効な換気量は肺胞換気量と呼ばれ、1回換気量から解剖学的死腔を差し引いた約350[mL]となります。
呼吸療法において、この死腔の考えが重要となる例をご紹介します。
例えば人工呼吸器で分時間気量を5[L/min]確保したいとします。
A. 呼吸回数20[回]で1回換気量250[mL]設定するのと、B. 呼吸回数10[回]で1回換気量500[mL]設定するのでは解剖学的死腔を考慮すると以下の通りとなります。

\begin{align}
\scriptsize A:(1回換気量-解剖学的死腔)\times呼吸回数 &= \scriptsize 肺胞換気量\\
\scriptsize &= \scriptsize(250-150)\times 20\\
&= \scriptsize2000[mL]
\end{align}

$$B:(500-150)\times10=3500[mL]$$

上記計算結果より、同じ分時間気量でもガス交換に有効な換気効率に大きな差が出てしまいます。

肺胞死腔

吸気が肺胞へ到達したとしても、肺塞栓のために血流が途絶えている領域\(\dot{V}/\dot{Q}<\infty\)では、ガス交換を行わないまま呼出されてしまいます。この病態的に肺胞が死腔となることを肺胞死腔と呼ばれます。ちなみに、解剖学的死腔と肺胞死腔を合わせて生理学的死腔と呼ばれます。

死腔率(VD/VT)

死腔率はARDS、肺気腫、肺塞栓、急性心不全などで増加します。死腔率は分時間気量、その呼気中二酸化炭素分圧PECO2、動脈血二酸化炭素分圧PaCO2から計算でき、下記で表せます。

$$\frac{VD}{VT}=\frac{PaCO2-PECO2}{PaCO2}$$

まとめ

  1. エネルギー代謝
    • 酸素消費量:250mL/min
    • 二酸化炭素産生量:は200mL/min
  2. 気道の役割
    • 呼吸ガスの導管
    • 吸気中の異物、病原体の阻止、下気道は通常無菌状態
    • 吸気加温加湿
    • 誤嚥阻止
  3. 呼吸のメカニズム
    • 胸腔内は常に陰圧
    • 呼気時には肺胞内圧はわずかに陽圧となり、呼気が促進される
  4. 肺胞のガス交換
    • 拡散:分圧もしくは濃度の高いところから低いところへ物質が移動する物理現象
      拡散障害の代表疾患:間質性肺炎、肺線維症、肺水腫、珪肺など
    • 換気血流比
      肺尖部:吸気時の吸気分布が少ない、血流は少ない
      肺底部:吸気時の吸気分布が多く、血流は多い
    • シャント
      解剖学的シャント:健常人に1-2%存在するテペシアン静脈や気管支静脈など
      真性シャント:換気が全くされていない、\(\dot{V}/\dot{Q}=0\)の領域の肺胞を流れる血流
      シャント様効果:換気不十分な、\(\dot{V}/\dot{Q}<0.8\)の領域の肺胞を流れる血流
      生理学的シャント:解剖学的シャント+真性シャント+シャント様効果
  5. 死腔
    • 解剖学的死腔:150mL
    • 生理学的死腔:解剖学的死腔+肺胞死腔

以上で「呼吸療法に必要な解剖生理」のテーマを終えたいと思います。特に後半は人工呼吸器管理において重要な考えになるかと思います。読者から要望等あればパート4が追加されるかもしれません。

このほかにも、当サイトでは呼吸療法に関する記事を順次公開中です。
ここまでご覧になられて興味を持った方は以下のリンクを参考にしてみてください。

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この記事を書いた人

職歴
現大学病院勤務
取得資格
臨床工学技士(CE)、ITE 心血管インターベンション技師、ME1種検定試験

得意領域
カテーテル、アフェレシス、内視鏡、機器管理

大学病院での幅広い勤務実績をもとに、臨床工学技士業務全般執筆しております。
1児のパパでもあり、子育て情報も発信していけたらと思います。

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