今回の最新医療シリーズでは、カテーテルによる心臓の手術である「TAVI」についてご紹介しようと思います。
医療従事者でない方でも理解していただけるように出来るだけ専門用語は控えるように説明させていただいています。循環器部門が得意な方にはその点ご了承下さい。
また、この記事で言う「最新医療」とは、近年登場した比較的新しい医療についてのことであり、厚生労働省が定める先進医療とは異なりますのでご了承ください。
TAVI(経カテーテル大動脈弁置換術)とは
TAVI(Trancecatheter Aortic Valve Implantation)とは、「経カテーテル大動脈弁置換術」の略称となり、通称「タビ」と呼ばれております。近年は症例数もかなり増えてきていることもあり、養成校でも紹介程度にですが触れられているかもしれません。
Moegiの施設でも早々に導入されましたが、ここ1、2年の症例数が異常に増えている印象です。理由は次項にて後述します。
カテーテルを用いた心臓弁の手術
TAVIは重症の大動脈弁狭窄症(AS:Aortic valve Stenosis)と呼ばれる心臓の弁の病気に対してカテーテルによって行われる心臓の手術です。
心臓の構造
大谷 修, 堀尾 嘉幸「カラー図解 人体の正常構造と機能II 循環器」, p11, 日本医事新報社
TAVIは2002年よりフランスで初めて実施され、日本では2013年から導入されたばかりの手術です。TAVIでは自身の硬く狭くなった大動脈弁の上に、カテーテルによって生体弁と呼ばれる新しい弁を重ねるようにして交換する手術です。
生体弁「Evolut PRO」
Medtnic社:https://www.medtronic.com/jp-ja/healthcare-professionals/products/cardiovascular/heart-valves-transcatheter/evolut-family.html
TAVIの適応
先程も述べましたが、TAVIは重度大動脈弁狭窄症(severe AS)の患者さんが受けれる手術となります。大動脈弁狭窄症の患者さんの中でも、特に高齢の患者さんが有効と言える手術となっています。
透析患者さんへのTAVI適応
また、国内導入当初は、透析患者さんに対しては適応外でTAVIの手術を受けることができませんでしたが、2021年2月から透析患者さんにもTAVIが適応となりました。
そのため、一気にTAVIが適応となる患者が増加し、症例数が増えているというわけです。
【補足】心臓弁手術(TAVI or SAVR)の比較
本稿では多くは触れませんが、TAVIとよく比較検討される治療法に従来型のSAVR(外科的大動脈弁置換術)というものがあります。
外科的との言葉の通り、開胸した上で人工心肺装置などを用いた手術で侵襲性は非常に高いものの、従来型の治療ということもあり長期成績が確立されています。
80 歳以上は TAVI,75歳未満は SAVR というのが現在の弁膜症治療の大まかな目安ですが、下記の弁膜症治療のガイドラインの引用に示すようにこれは一様な基準ではなく、最終的な適応は個々の医療機関と患者の判断に委ねられます。
SAVR かTAVI かの選択は,年齢,個々の外科弁・TAVI 弁の耐久性データ,SAVR 手技リスク(STS score,EuroSCORE,Japan SCOREなど),TAVI 手技リスク,解剖学的特徴,併存疾患,フレイル 408, 530, 518),同時に必要な手技を鑑み(表 33),すべてのAS患者に対しSAVR,TAVI 両方の治療について十分な最新の情報に基づく正しいインフォームドコンセントがなされた上で,個々の患者の価値観や希望も加味した上で 3),最終的には弁膜症チームでの議論を経て決定されるべきである.
非常に多くの考慮すべき要素があり,かつ確固たるエビデンスが現時点ではないため,今回のガイドラインでは,TAVIかSAVR かの明確な年齢基準は決定しなかったが,優先的に考慮するおおまかな目安として,80 歳以上は TAVI,75歳未満は SAVRとした.この領域はエビデンスが年々更新されるため,本ガイドラインにおいても適宜 focused updateを行っていく必要がある.
2020 年改訂版 弁膜症治療のガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/05/JCS2020_Izumi_Eishi_0420.pdf
大動脈弁狭窄症(AS)とは
大動脈弁狭窄症とは、心臓の弁の一つである大動脈弁が加齢に伴う動脈硬化によって、硬く石灰化し、大動脈弁が狭く、開きにくくなる病気です。
大動脈弁の開閉(正常大動脈弁)
国立循環器病センター病理部「循環器診療に活かす 心臓血管解剖学」, p43, メジカルビュー社
大動脈弁石灰化
国立循環器病センター病理部「循環器診療に活かす 心臓血管解剖学」,149, メジカルビュー社
ほとんどが加齢による動脈硬化が原因ですが、リウマチ性や生まれつきからある先天性のものも原因の一つです。
大動脈弁狭窄症の症状と経過
大動脈弁に狭窄が生じると、
①本来心臓が送り出すべき血液量が減少する
②送り出す出口が狭いために、血液を全身へ送り出している左心室という心臓の部屋の心筋に負担が掛かる
といったことがまず心臓で生じます。そして、月日の経過とともに次々と自覚症状が出てきます。
自覚症状の代表としては、血圧の低下、失神、胸の痛み、息切れが現れてきます。
何かしらの治療をしないと、最終的には心不全であったり、突然死で亡くなられたりする方もいらっしゃいます。TAVIの治療で待機していたが、手術の日までに亡くなる方もいる程、恐ろしい病気です。
TAVIによって期待できること
身体への負担が圧倒的に少ない
大動脈狭窄症は通常、胸を開けて行う所謂、開心術といった方法で行われます(補足で述べたSAVRのこと)。
この開心術では、胸を大きく切り開いた後、心臓の動きを停止させてから、心臓と肺の代わりとなる人工心肺を使用して脳とその他の臓器へ血液を送り出す状況を作り出した上で大動脈弁を取り出し、新しく弁を縫い付けるという手術となります。
この一度心臓を止めることが心臓にかなりの負担となり、心臓が元の動きを取り戻さないこともありますし、最悪の場合は手術が原因で亡くなられるケースもあります。高齢であればあるほどリスクが上がります。また、胸を切り開いた後の傷も決して小さくなく、しばらくは痛みを伴います。
TAVIの手術では、何よりも心臓を止めることなく手術が可能です。
心臓にかかる負担が圧倒的に開心術に比べて小さいです。
手術後の傷に関しては、足の付け根あたりからカテーテルを挿入すること(TF-TAVI)が大半ですので、ほとんどの患者さんが足の付け根に数センチの小さな傷ができる程度で済みます。
もちろん例外はあります。数は少ないですが動脈硬化の影響で全身の血管が固くなり、カテーテルを挿入することが危険と判された場合には、鎖骨下動脈からカテーテルを挿入したり(TS-TAVI)、鎖骨下動脈からもアプローチが危険と判断された場合は胸を開くのですが、心臓を止めずに大動脈へ直接カテーテルを挿入することもあります(TA-TAVI, DA-TAVI)。それでも、心臓を止めないことのメリットが大きいと言えます。
早期回復が望める
TAVIは上記で述べたことに加えて、通常の開心術より手術時間が短く、全身への負担も少ないです。
それによりも驚くことは、手術後に通常入ることになる集中治療室(ICU、CCU)への滞在時間は短く、基本的には1日2日で退室できます。
通常の心臓の手術後は歩けるようになるまでに時間を要しますが、TAVIであればカテーテルを挿入した傷から出血なければすぐに歩けるようになり、退院まで1週間程度になることも少なくありません。
リハビリ期間も少なく早期回復による社会復帰が望めます。
合併症リスクの軽減
通常の開心術に比べて、死亡率や脳梗塞等の合併症のリスクが少ないです。
もちろん、元々リスクが高いから開心術が出来ないので、TAVIによるリスクが激減するわけではありません。
せっかく手術をしても、後遺症が残ったり、死亡してしまったりしては元も子もありません。
TAVIによる生命予後の改善を期待します。
TAVIのデメリット
お薬について
もちろん、TAVIによるデメリットも存在します。
TAVIによって大動脈弁を生体弁へ新しくしますが、本来体内に存在しない”異物“を入れることになります。すると血液と異物が接触すると血液が固まりやすくなり血栓ができやすくなります。
血栓による合併症を予防するために血液が固まりにくくする抗凝固剤を飲み続ける必要があります。
しかも、TAVIを受けられる患者さんは高齢者ばかりであるため、内服管理はしっかりとしなければなりません。
食事について
生体弁はカルシウムの耐久性に影響を受けます。
食事内容やサプリメントなどに気を付けて生活しなければなりません。
生体弁の耐久について
TAVIはまだまだ実施され始めてから年数が経っておりません。
使用される生体弁の耐久性等、研究、データ解析が進められていますが、まだまだ未知の部分はあります。
臨床研究も含め、TAVIが導入されて10年近くになりますが、チラホラとTAVI弁摘出の話を耳にしますね。TAVIは90歳近くの高齢者への使用をしていることもあり、寿命も想定されたものですが、さらにご存命になられた場合は生体弁の耐久性も考慮していかなければならないと考えます。
合併症について
TAVIを受けられた患者さんに良く見られる合併症として、房室ブロックと呼ばれる心拍数が遅くなる(徐脈)合併症があり、時折、ペースメーカが必要となる患者さんがいます。
生体弁の留置と共に、刺激伝導系と呼ばれる心臓の電気の流れが妨げられることがあるために生じてしまいます。
まとめ
- TAVIはカテーテルによる大動脈弁の手術
- 最近ではさらに手術ハイリスクである透析患者へも適応となった
- 特に高齢者へ負担を減らし手術を行える
- 早期退院、社会復帰が期待できる
- 退院後も食事や薬の管理は継続する
さいごに
最初の最新医療シリーズ「TAVI」はいかがでしたか。
医療の技術が進歩し、人工心肺を使用せずに心臓の手術ができるようになるとは、私が学生の頃には夢にも思いませんでしたが、新卒として入職しすぐに出会い、今ではTAVIの手術にも関わっています。
私達臨床工学技士としての人工心肺業務が減ってしますのは残念ですが、より多くの患者さんの生活の質(QOL:Quality of Life)が改善され、より多くの患者さんの命が救われるのを願うばかりです。
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