今回の最新医療シリーズでは、カテーテルによる心臓の手術である「MitraClip」についてご紹介しようと思います。
医療従事者でない方でも理解していただけるように出来るだけ専門用語は控えるように説明させていただいています。循環器部門が得意な方にはその点ご了承下さい。
この記事で言う「最新医療」とは、近年登場した比較的新しい医療についてのことであり、厚生労働省が定める先進医療とは異なりますのでご了承ください。
MitraClipについて
MitraClipはその日本語名を「経皮的僧帽弁接合不全修復術」と言い、「マイトラクリップ」と呼ばれます。
重症の僧帽弁閉鎖不全症(MR:Mitral valve Regurgitation)と呼ばれる心臓の弁の病気に対してカテーテルによって行われる心臓の手術です。
心臓の構造
大谷 修, 堀尾 嘉幸「カラー図解 人体の正常構造と機能II 循環器」, p11, 日本医事新報社
このMitraClipは、2018年4月より日本で保険適用とされたばかりの最新の手術です。
カテーテル先端にクリップがついており、血液が逆流しているガバガバとなった僧帽弁の弁をクリップで留めることで逆流を軽減させる手術です。
MitraClip クリップ本体:Abbott社資料提供
MitraClip システム:Abbott社資料提供
適応となる患者
先程も述べましたが、MitaClipは重度僧帽弁閉鎖不全症 (severe MR)の患者さんが受けれる手術となります。
別の記事でも紹介しているTAVI同様に、僧帽弁閉鎖不全症の患者さんの中でも、特に高齢の患者さんが有効と言える手術となっています。
また、やや難しい話になりますが、このMitraClip導入当初は、心臓が血液を送り出す効率の指標とする左室駆出率が30%以上ある患者さんにしか適応されませんでしたが、2020年4月に左室駆出率が20%以上有する患者さんへと適応が拡大されました。
そもそも重度の僧帽弁閉鎖不全症の患者さんは心機能が低下して左室駆出率が30%未満であることが多いにも関わらず、左室駆出率が30%以上であるがためにMitraClipが受けられないのですが、左室駆出率が30%未満になってくると、胸を開いて外科的手術をする所謂、開心術を受けるリスクが非常に高く手術に踏み切れないといったジレンマがありました。
ちなみに正常な方の左室駆出率は60%以上はあります。
僧帽弁閉鎖不全症について
僧帽弁閉鎖不全症とは、心臓の弁一つである僧帽弁が何かしらの原因で弁の隙間が閉じなくなり、血液が逆流する病気で、世界的にみても最も多い弁膜症の一つです。
僧帽弁に逆流が生じると
- 送り出した血液が逆流するために全身へ送る血液が減少する
- 血液が逆流して肺の血流が滞り、心臓の4つの部屋が順番に負担が掛かる
- 月日の経過とともに次々と自覚症状が出現する
といった経過を辿られます。
自覚症状の代表としては、
息切れ、動機、疲れやすくなる、動いた際に呼吸困難が出てくる
といった症状が現れてきます。
何かしらの治療をしないと最終的には心不全で亡くなられます。
MRの種類
Abbott社:https://www.cardiovascular.abbott/jp/ja/hcp/products/coronary/mitraclip-mitral-valve-repair.html
MR患者の僧帽弁
国立循環器病センター病理部「循環器診療に活かす 心臓血管解剖学」,153, メジカルビュー社
心臓の構造
MitraClipよって期待できること
内容は別の記事で紹介している「TAVIによって期待できること」とほぼ同様になります。
身体への負担が圧倒的に少ない
僧帽弁閉鎖不全症は、通常は胸を開けて外科的に手術を行います。
外科的手術(開心術)では、胸を大きく切り開いた後、心臓の動きを停止させてから、心臓と肺の代わりとなる人工心肺を使用して脳とその他の臓器へ血液を送り出す状況を作り出した上で僧帽弁を取り出し新しく弁を縫い付ける弁置換術、もしくは閉じなくなった弁同士を上手く合わさるように形成する弁形成術という手術となります。
一度心臓を止めることが心臓にかなりの負担となり、心臓が元の動きを取り戻さないこともありますし、最悪の場合は手術が原因で亡くなられるケースもあります。
高齢であればあるほどそのリスクが上がります。
また、胸を切り開いた後の傷も決して小さくなく、しばらくは痛みを伴います。
MitraClipによる手術では、心臓を止めることなく手術か可能です。
心臓にかかる負担が圧倒的に外科的手術に比べて小さいです。
MitraClipの手術後の傷に関しては、足の付け根あたりからカテーテルを挿入するのですが、足の付け根に数センチの小さな傷ができる程度で済みます。
早期回復が望める
通常の外科的手術より全身への負担も少ないです。それにより、手術後に通常は入ることになる集中治療室(ICU)への滞在時間は短く、基本的には1日2日で退室できます。
通常の心臓の手術後は歩けるようになるまでに時間を要しますが、MitraClipであればカテーテルを挿入した傷から出血なければすぐに歩けるようになり、退院まで1週間程度になることも少なくありません。
リハビリ期間も少なく早期回復による社会復帰が望めます。
合併症リスクの軽減
通常の開心術に比べて、死亡率や脳梗塞等の合併症のリスクが少ないです。
せっかく手術をしても、後遺症が残ったり、死亡してしまったりしては元も子もありません。
Mitraclipによる生命予後の改善を期待します。
MitraClipのデメリット
手技が難しい
先程も述べましたが、MitraClipは閉じなくなった僧帽弁をクリップにて留める手術ですが、外科的手術とは異なり、直接目で視認しながら手術を行うことはできません。
X線を使用しながら2次元的に確認しつつ手技を行います。
食道から超音波エコーで3次元的な画像も参考にしながら手技を行うとは言え、盲目的に行うことは非常に難しいと思います。
時折、上手くクリップが留められず、長時間に及ぶ場合もあります。
クリップ脱落
やはり、ただクリップで弁を留めているだけのため、クリップが何かの拍子に外れたり脱落する可能性もあります。そうなってしまうと、再度MitraClipを行う必要があるかもれません。
もしかすると、脱落したクリップを摘出する手術が必要となるかもしれません。
お薬について
MitraClipによって僧帽弁にクリップを留置しますが、本来体内に存在しない”異物“を入れることになります。
すると血液と異物が接触すると血液が固まりやすくなり血栓ができやすくなります。
血栓による合併症を予防するために血液が固まりにくくする抗凝固剤を飲み続ける必要があります。
しかも、TAVI同様MitraClipを受けられる患者さんは高齢者ばかりであるため、内服管理はしっかりとしなければなりません。
食事について
デメリットとは少し異なりますが、手術により症状は改善しているとは言え、心臓にはダメージは残り続けます。
心臓に負担を掛けないためにも、水分制限と食事制限には気をつけて生活しなければなりません。
まとめ
- MitraClipはカテーテルによる僧帽弁の手術
- 特に高齢者へ負担を減らし手術を行える
- 早期退院、社会復帰が期待できる
- 退院後も食事や薬の管理は継続する
さいごに
最新医療シリーズ「MitraClip」はいかがでしたか。
同様のカテーテルによる手術TAVIに引き続き、僧帽弁も外科的手術をしなくても治療ができる時代となってきました。そして、近々カテーテル的肺動脈弁置換術が日本に導入されることになっています。
もしかするとMitraClipの応用で残りの三尖弁に対してもカテーテルの治療が可能になるかもしれませんね。
ますます私達、臨床工学技士の花形の業務である人工心肺業務が減ってしまいそうですね。
ですが、代わりにカテーテル業務へ進出しやすくなるかもしれません。
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