先日、長年の透析患者が腎移植登録の更新をやめた。
透析を始めた頃、その人は移植にはっきりとした希望を持っていた。透析という治療を受け入れることそのものに抵抗があり、「いつか移植を」という言葉を口にしていた。日本臓器移植ネットワークへの登録手続きを進め、毎年の更新も欠かさなかった。
それから長い年月が経った。週3回、1回4時間の透析。仕事や家族との時間と折り合いをつけながら通い続け、いつしか透析という生活が日常になっていった。・・・順番が回ってくる気配はなかった。
日本の腎移植の平均待機期間は14年9か月——統計上の数字としては知っていても、実際にその時間を生きるのは別の話だ。
あるとき、その人は更新をしないと決めた。本人の意思である以上、尊重するしかない。
…ところがこの「登録更新」が、2026年6月1日から、診療報酬上の実績要件にカウントされている。
献腎移植と1.7%という現実
日本の腎移植は、いま、どんな状況にあるのか。
直近5年の腎移植実施数を見てみる。2020年は1,710例、2021年は1,773例、2022年は1,782例、2023年は2,001例、2024年度は約2,119件。コロナ禍で2020〜2021年に落ち込んだ後、2023年以降は回復し、2019年以前の水準を上回るところまで戻ってきた。数字だけ見れば、移植医療は前進しているように見える。
だが、内訳を見ると景色が変わる。
腎移植には2種類ある。健康な家族から腎臓の提供を受ける「生体腎移植」と、亡くなった方から提供を受ける「献腎移植」だ。
2024年度の数字でも、献腎移植は239件にとどまった。年間の脳死下臓器提供者数は131名で、過去最多を更新したものの、待機者の規模に対しては桁が違う。
献腎移植を希望して日本臓器移植ネットワークに登録している人は、2025年3月末時点で14,721人。前年から371人増えた。一方、亡くなった方からの腎臓提供は、年に100人前後にとどまる。腎臓は2つあるので、1人のドナーから最大2人のレシピエントに移植できるが、それでも年間の献腎移植件数は200件台だ。
待機者14,721人に対して、移植が回ってくるのは年200件台。割合にすると約1.7%。100人いる教室で、1年に1〜2人だけが順番を引く計算になる。

この数字には、いくつかの背景がある。日本では脳死下での臓器提供が制度的・文化的に進みにくく、人口100万人あたりの臓器提供者数は、スペインの33人台、米国の20人台に対して、日本は1人を切る水準でずっと推移してきた。臓器移植法が改正された2010年以降、家族承諾による提供が可能になり、提供者数は緩やかに増えている。それでも、待機者の伸びには追いついていない。
待機が長引くなかで、患者は高齢化していく。日本臨床腎移植学会の報告によれば、献腎移植を受けた患者の透析歴は、10年以上が約7割、20年以上が約3割を占める。生体腎移植では透析歴5年未満が約9割であることを考えると、献腎移植がいかに「長く待った先の医療」であるかが浮かび上がる。
この時間のなかで、人は透析と共存することを覚えていく。当初の希望は、生活のなかで折りたたまれていく。
それが「悪いこと」だと言いたいわけではない。透析を続けながら良い生活を営むことは十分に可能だし、現に多くの患者がそうしている。ただ、移植を「いつか実現するもの」として希望に据え続けることは、年単位ではなく10年単位の話になるという、その重みは押さえておきたい。
1.7%という数字は、単なる確率ではない。この数字の向こうに、毎年5,000円を払って登録を更新する14,721人の時間がある。
2026年6月、診療報酬改定で何が起きたか
2026年6月1日、診療報酬が改定された。
透析医療に関わる項目では、ひとつ大きな変化があった。
慢性維持透析の基本点数(J038)が、すべての区分で一律20点引き下げられたのだ。
だが同時に、新しい加算が設けられた。「腎代替療法診療体制充実加算」、20点。透析を行う施設が一定の要件を満たして届け出れば、この加算を算定できる。
つまり、加算が取れれば±0で従来水準を維持できる。取れなければ、1回の透析につき20点(200円)の純減が確定する。慢性維持透析を週3回・年156回として、患者1人あたり年間31,200円。これが患者数だけ積み上がる。
加算を取るための要件は、4本柱で構成されている。
血液透析・腹膜透析・腎移植という3つの選択肢について、関係学会の資料に基づき、患者ごとに必要な説明を行うこと。導入期だけでなく、患者の病状や求めに応じて繰り返し説明することが求められる。説明した記録は診療録に残す必要がある。
これが二者択一になっていて、腹膜透析(在宅自己腹膜灌流指導管理料を年24回以上算定)か、腎移植(腎移植に向けた手続きを行った患者が前年に2人以上)のいずれかを満たせばいい。施設の実情に応じて、PD実績で取るか、移植実績で取るかを選べる仕組みだ。
シャントトラブルが起きたときに自院で対応できない場合、連携医療機関と事前に体制を整備し、診療情報を提供できる状態にしておくこと。
ハザードマップに基づき自院のリスクを把握したうえで、災害対応マニュアルを作成すること。日本透析医会等が実施する情報伝達訓練に年1回以上参加することも求められる。透析は災害時に治療継続が極めて困難になる医療であり、BCP(事業継続計画)の整備が制度として明示的に求められた形だ。
このほか、緩和ケアを必要とする患者への対応体制を整備することが「望ましい」要件として位置づけられている。これは努力義務であり、必須ではない。
経過措置もある。実績要件(腹膜透析または腎移植)は2028年5月末まで猶予され、施設基準通知では「該当するものとみなす」とされている。つまり、施行直後に実績ゼロの施設でも届出は可能で、経過措置期間中に実績を構築すればよい——という運用が前提となっている。
一方、患者説明体制とシャント連携体制には経過措置がない。2026年6月1日の時点で整備されている必要がある。
この改定の背景にある国の意図は、明快だ。
日本の透析患者は約34万人(2024年末)。一方、腎移植の年間実施数は2,000例前後。
国は透析中心の医療から、患者の状態とライフスタイルに応じて治療法を選べるSDM(共同意思決定)の医療へ——その方向に現場を動かしたい。
診療報酬という経済的なインセンティブを使って、施設に「腎移植や腹膜透析という選択肢を、ちゃんと患者に提示してほしい」と求めている。
方向性そのものは、おそらく多くの医療関係者が反対しないだろう。透析という治療には限界もあれば負担もある。患者が他の選択肢を知らないまま透析を続けるのは、確かに望ましい状態ではない。
問題は、この制度が実装される瞬間に何が起きるか、である。
「登録更新」も、実績にカウントされる
加算の実績要件は二者択一だ。腹膜透析(在宅自己腹膜灌流指導管理料を年24回以上算定)か、腎移植(腎移植に向けた手続きを行った患者が前年に2人以上)のいずれかを満たせばいい。
自院に通院する腹膜透析患者がいればそれは構わない。
問題は、この「腎移植に向けた手続きを行った患者」という定義のほうにある。
厚生労働省の通知では、次の3つのいずれかに該当する患者を指すとされている。
- 日本臓器移植ネットワークに腎臓移植希望者として新規に登録された患者
- 先行的腎移植が実施された患者
- 腎移植が実施され透析を離脱した患者
この3つだ。ここまでなら、いかにも「移植を前に進めた実績」を評価する要件に見える。しかし、この定義について令和4年3月31日付の厚生労働省疑義解釈資料(その1)問218に、こういう一文がある。なお、この解釈は令和6年度の「腎代替療法計画提供加算」、令和8年度の「腎代替療法診療体制充実加算」のいずれにも継承されている。
腎臓移植希望者として日本臓器移植ネットワークに登録されてから1年以上経過した患者であって、当該登録を更新したものについても、「腎移植に向けた手続きを行った患者」に含まれる。
厚生労働省「疑義解釈資料の送付について(その1)」令和4年3月31日付事務連絡、問218
つまり、登録の「更新」も実績としてカウントされる。新規登録を増やさなくていい。先行的移植を実施しなくていい。透析離脱も達成しなくていい。既に登録している患者の年次更新を維持してもらうだけで、要件は満たせる。
これが何を意味するか。
新規登録者を一から開拓するのは、施設にとってコストが高い。患者への説明、検査、書類作成、移植施設との連携、初回登録料3万円の患者負担についての相談——それらを2人分、毎年積み上げ続ける必要がある。一方、すでに登録している患者に「来年も更新しましょうね」と声をかけるのは、年に1回の通常の診察フローに乗せられる。患者側の負担も更新料5,000円で済む。
要件を満たし続けるための最小コスト経路は、明らかに後者だ。
実際の経営インパクトを試算してみる。慢性維持透析を週3回・年156回として、加算20点(=200円)の有無で1患者あたり年間31,200円の差が生まれる。日本透析医学会の2024年末調査では、全国の透析施設は4,512施設、透析患者数は337,414人で、1施設あたり平均約75人が透析を受けている計算になる。施設の規模幅は広いので、3パターンで見るとこうなる。
- 小規模クリニック(患者30人):年間約94万円の差
- 平均的な施設(患者75人):年間約234万円の差
- 大規模透析センター(患者200人):年間約624万円の差
この差を埋めるための要件が、「移植登録の更新者を2人以上、毎年維持してもらう」ことで満たせる。
ここに、ひとつの構造が立ち上がる。施設にとっては、登録患者の更新が継続することが、経営要件の充足に直接つながる。一方で患者から見れば、自分の登録更新は——本人がそう意識するかどうかは別として——通っている施設の経営に関係している。
医師や看護師は、もちろん患者の利益を第一に考えている。それは大前提として書いておきたい。
だが制度設計のレベルで見たとき、「腎移植待機者として登録され続けている人」が、施設にとっての実績資源にもなる——この事実は動かない。
献腎ドナーは年間約100名のままで、登録者を増やしても順番が早まるわけではない。それでも更新を続けてもらうことが、制度上の合理的な選択になる。患者の希望を持続させることと、施設の収益要件を満たすことが、同じ行為の表と裏になっている。
3つのすれ違い
ここまでの話を、立場ごとに整理してみる。
国の論理
日本の透析患者は約34万人。医療費の規模は年間1.6兆円を超える。一方、腎移植は10年生着率が9割に達する成熟した医療で、患者のQOLや生命予後の面でも透析を上回るエビデンスが積み上がっている。にもかかわらず、年間の腎移植件数は2,000例前後にとどまり、海外と比較しても極端に少ない。
この状況を改善するために、診療報酬で施設の行動を誘導する——これが国の論理だ。透析を導入する患者に、血液透析だけでなく腹膜透析や腎移植という選択肢があることをきちんと説明し、選べる環境を整えてほしい。SDM(共同意思決定)の医療への転換である。
方向性そのものは、まっとうだ。実際、患者が他の選択肢を知らないまま透析に入ってしまうケースは少なくない。情報提供の体制を整えることに反対する理由はない。
施設の論理
しかし、現場で運用される瞬間に、制度は別の論理に変換される。
20点の引き下げと20点の加算新設というセット——これは施設経営から見れば「加算を取れなければ純減」を意味する。先ほどの試算のとおり、平均的な規模の施設で年間237万円の差。大規模施設では年間600万円を超える。経営判断として、この加算は「取りに行かざるを得ない」ものだ。
実績要件をクリアする最も効率的な経路は、既に登録している患者の更新を維持してもらうことだ。新規開拓よりはるかにコストが低く、しかも疑義解釈で明示的に認められている。
つまり、施設にとっての合理的な行動は「移植登録を維持してもらう」ことになる。患者の意思を尊重しつつ、しかし更新が途切れることは経営上の損失でもある。この緊張関係が、改定後の透析現場に新しく加わった。
患者の現実
そして患者の側から見れば、別の景色がある。
献腎移植の年間ドナー数は約100名。待機者14,721人に対する確率は1.7%。平均待機期間14年9か月。この数字は、登録者を増やしても変わらない。なぜなら分母(登録者)が増えても、分子(ドナー)が増えなければ確率はむしろ下がるからだ。国がこの加算で誘導しているのは需要側の動員であって、供給側の拡大ではない。
ここに、3者のすれ違いが立ち上がる。
国は「移植を選択肢として提示する施設を増やしたい」と考える。施設は「実績要件を満たして加算を取りたい」と動く。患者は「いつか順番が来るかもしれない希望」を抱えて毎年5,000円を払い続ける。
3者はそれぞれ合理的に行動している。誰かが悪いわけではない。それなのに、全体として見たとき、待機者の確率は変わらず、ドナーは増えず、患者の希望だけが「制度を支える資源」として機能してしまう。
海外との比較
参考までに、海外の状況に触れておく。
スペインは人口100万人あたりの臓器提供者数が世界トップで、長年30人台を維持している。背景にはオプトアウト方式(本人が拒否の意思表示をしない限り提供の意思があるとみなす制度)の導入と、各病院に専従の移植コーディネーターを配置する体制がある。米国は20人台、欧州諸国の平均は16人台。日本は1人を切る水準で、これは制度設計の差が大きい。
つまり、ドナー供給を本気で増やそうとする国は、需要側ではなく供給側の制度を動かしている。意思表示の制度、提供施設へのインセンティブ、コーディネーター体制——これらが日本ではほとんど動いていないなかで、需要側だけを動員しても、待機者の確率は改善しない。
この構造のなかで、患者は希望を持ち続けることを求められる。
透析患者は2年連続で減少している(2024年末337,414人、前年比6,094人減)。生活習慣病管理の進展、透析導入の遅延、そして患者の高齢化に伴う死亡——複合的な要因で、透析人口は確実に縮小フェーズに入った。にもかかわらず、献腎移植の待機者は減らない。供給側が動いていないからだ。
制度の中で考える
冒頭の患者さんのことを、もう一度思い出してみる。
長年、移植登録を続けていた。透析導入時には移植にはっきりとした希望を持ち、毎年の更新を欠かさなかった。そして、ある日、更新をやめた。
この決断は、本人にとっておそらく正しいものだ。14年9か月という統計上の平均を超えてもなお順番が回ってこない可能性のなかで、希望を抱え続けることのコストは、外から見るより重い。透析と共に生きる日常を受け入れたうえで、登録という形式から自分を解放する——それは、ひとつの完結のかたちだと思う。
だが、その決断は、施設にとっては「実績要件のひとつが減った」という意味も同時に持つ。本人がそれを意識する必要はないし、施設もそれを患者に伝えることはない。けれど、制度設計のレベルで見たとき、この事実は確かに存在する。
患者の希望と、施設の実績要件と、国の医療費削減という意図——この3つが重なり合った場所で、「登録を更新する」という一つの行為が、それぞれに違う意味を持つ。
私は臨床工学技士として、透析医療の現場にいる。患者さんの命綱である透析装置を管理し、安全な治療を届けることが仕事だ。長く通ってくる患者さんの変化を、間近で見続ける立場でもある。
冒頭の患者さんも、そうやって長年見てきた一人だった。透析を受け入れるまでに葛藤があり、移植への希望が支えになっていた時期があり、やがて生活のなかで透析が日常になっていった——その時間の流れを、外来で顔を合わせるたびに感じていた。更新をやめると聞いたとき、率直にいえば、何かが終わったような気がした。
もちろん、その人にとっては終わりではなく、新しい局面のはじまりかもしれない。希望の置き場所を変えることは、後ろ向きな選択ではない。それは分かっている。
それでも、私はある制度のことを考えていた。2026年6月から、その人の「更新」は、私たちの施設の経営要件にも組み込まれていた。直接的に何かを言うわけではないし、言えるはずもない。患者さんの自由意思は当然尊重される。それでも、施設の側の視点で見たとき、腎移植登録の維持と経営は、確かに繋がってしまっている。
腎移植は、本来、患者の希望に応える医療だ。透析からの解放、生活の自由、より長い人生。そのために登録があり、待機があり、いつか順番が回ってくる——という設計になっている。
これが悪いことだとは、言い切れない。施設に経済的な動機を与えなければ、移植の選択肢を提示する体制すら整わなかったかもしれない。患者にとっても、定期的に移植について考える機会があることは、必ずしもマイナスではないだろう。
ただ、年間1.6兆円——日本の医療費全体の約4%——を占める透析医療を、診療報酬の微調整で動かそうとするとき、その動かす力は、巡り巡って患者一人ひとりの「希望」にまで届く。透析患者数は2020年代に入って減少局面に入り、直近の2024年末調査では33.7万人と前年から6,094人減少した。それでも、この規模の医療を経済的インセンティブで誘導することの重みは、もう少し丁寧に語られていい。
私たちが本当に向き合うべき問いは、「透析患者にもっと移植を勧めよう」ではなく、「14,721人の希望に応えられる供給体制をどう作るか」のはずだ。
冒頭の患者さんが更新をやめたとき、その人は希望を手放したのではなく、希望に応えられない制度から距離を取ったのかもしれない。そう考えると、この決断は静かな抗議のようにも見えてくる。
編集部現場で患者さんと向き合いながら、制度の歪みを見つめること。
その歪みを言葉にすること。
それくらいしかできないけれど、それでもこの記事はどうしても書いておきたかった。
参考資料
厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(個別改定項目PDF)
厚生労働省「疑義解釈資料の送付について(その1)」(令和6年3月28日)
日本移植学会「臓器移植ファクトブック」
日本臓器移植ネットワーク 公式ウェブサイト
日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2023年12月31日現在)」














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